五ツ又自治会小史

 ■表紙
 ■五ッ又地区の航空写真
   昭和41年
   平成7年
 ■自治会発足40周年によせて
   川越市長 船橋 功一
 ■発刊を祝して
  高階支会会長 沢田 光
 ■発刊にあたって
  自治会長 増田 義夫
 ■創立四十周年によせて
  元自治会長 柿添 光男
 ■四十周年を顧みて
   自治会長 長谷川 福平
 ■五ッ又のあゆみ
  1. 草創記
   五ッ又の黎明
   自治会の発足
   五ッ又地区の状況
  2. 発展期
   五ッ又地域内外の変化
   五ッ又自治会の独立
   高階地区の発展状況
   五ッ又老人親和会誕生
   自治会の活動
  3. 安定期
   自治会館の建設
   自治会の活動
  4. 今後の自治会
   道路と環境の整備
   高齢者等の支援
 ■主な出来事
   五ッ又自治会館の建設
   井戸水から市水道に
   自治会下水道部設置
   山車・御神輿について
 ■自治会内の組織
   五ッ又軟式野球部
   五ッ又壮年ソフトボール部
   五ッ又ママさんバレー部
   五ッ又女子ソフトボール部
   五ッ又親和会
 ■五ッ又自治会年表
 ■あとがき
   記念誌作成委員長
    新村 幹夫


四十周年を顧みて

  五ッ又親和会会長
   長谷川  福 平
 この度五ッ又自治会が自治会創立四十周年の記念の秋を迎え、記念誌を発刊されることは誠に意義の深いことです。前自治会長として往時に思いをいたし、お祝の言葉を贈ります。

 健在我が自治会の繁栄を見るたびにその基盤を造られた先任先輩各位のパイオニアの精神と英知とに深い感謝と敬意を表するものです。五ッ又は遠く南西に霊峰富士を仰ぎ、西に秩父の連山を見、自然に恵まれた平野に点在する潅木林、古き良き武蔵野の風情が随所に漂う当地が、昭和三十五年大栄土地会社によって開発・宅地造成されました。昭和三十七年の春頃になると新築の家屋も徐々に増え二十九戸となり、有志達により親睦と自主の組織を設立し砂新田南地区の区長に新村七郎氏が昭和三十八年に就任された。五ッ又地区はその頃は人口も少なくて砂新田南地区にお世話になっており、四十二年五ッ又公民館が開設後に五ッ又地区会が誕生、その後改称し五ッ又自治会となる。

 私は昭和三十七年に当地を終えんの地として移住した。当時は街灯もまばらで雨が降れば道路は泥んこぬかるみとなった。水は私達の命と言われているが地区内には水道の設備もなく土地会社より分譲された井戸が一ヶ所。その井戸より全戸に配水され、その井戸も故障がちであった。地区会の市水管理委員長を担当して関係各位の協力のもと、当面の問題を処理しながら任務に没頭。四十一年に待望の市水管が配管され消火栓も設置され一応整ってきました。昭和五十七年四月より六十一年三月迄二期自治会長をつとめ、現在は会の相談役として会の発展、会員相互の親睦融和・健康増進に専念しております。